パ〇チは引くのが重要男こと・・・ゴマです

 

まずは雑談から…

 

YouTubeでは今現在、芸能人の方など参戦して身近さがより強くなってきた感じもしますがその分、素人感もなくなってきたのかもしれません

 

差別的な意味ではなく「進化している」と感じています

 

もっともテレビ離れもあるし好きなものやその関連のものを好きな時間に好きな様に見れるのは現代にはあっている

 

そういう中で「えっ!こんな人も!」という方がYOUTUBEを始めている

 

公営競技の選手

 

隅から隅まで把握できてはいませんが競艇ではNO1レーサーと言ってもいい佐賀支部の「峰竜太」選手が個人のYOUTUBEチャンネルがある…他にも広島支部の上平真二選手などが開設している

 

競輪でも愛知支部…我が豊橋支部の金子貴志選手や福岡支部の木谷選手なども個人チャンネルもある

 

さらに競艇場…競輪場などの大きなチャンネルもある

 

結構、選手の裏の顔などが見れるので面白いとは思います

 

へぇ~と思った方はチェックをお願いします

 

いや~楽しみですね~僕個人としてもまだまだやりたいこともありますので一歩一歩やっていきたいとは思います

 

↑ずぅ~と言っていますがずぅ~と言い続けるのが大切です

 

本日はブラックな思い出話です

 

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最新の動画

 

メインはYOUTUBEで活動しています

 

ブログ記事はYOUTUBEを1か月やり続けるよりブログ記事を2本…3本書く方が収益的に率がいいので書いています

 

↑へぇ~でしょ!結構、こういう部分が気になる人は多いと思いますがそんな感じです

 

 

 

 

歴は長い!

 

かなり昔話です

 

・・・

 

再度いいますが、僕は現在34歳の昭和60&61年世代である

 

スロットは18歳からずぅ~と打っている…当たり前ですがパチンコも並行して打っています

 

初めて打った台は「SBJ(初代リオちゃん)」…ですので4号機北斗の拳以降の台ならば大概の台は打ちました

 

しかし、僕はもっと昔の台も知っている

 

・・・

 

さらに僕の履歴を逆再生する

 

・・・

 

僕は小学校4年生から~高校3年生までガチで野球をやっていました

 

高校は甲子園に出場したことある高校で野球(愛知県の阪神みたいなユニフォームです笑)をやっていたし、小学校では最優秀選手賞(MVP)なども獲得したことはある

 

さすがにこの期間にパチンコ屋に行ったことはない

 

で、小学3年生以下~小学生1年生ぐらいまでは親父とちょいちょいパチンコに行っていた

 

当時と今では社会事情が違うので普通にパチンコ屋にいても特に何もなかった

 

むしろ店員さんがお菓子やジュースをくれた記憶がある

 

なので30年ぐらい前のパチンコ屋というものがどういう感じだったか?というのも鮮明に覚えている

 

ですので、「綱取物語」「アレジンスーパーダイナマイトエキサイティング」「花満開」「ソルジャー」「ブルーハワイ」「ピンボール」などのパチンコを僕は打っている(正確には親父の股の間に座って見ている)

 

まぁ~良くも悪くもなんでもありな時代だったと思う

 

 

ご教授された

 

で、パチンコ屋も結構むちゃくちゃな所はあった

 

まずは入場ですが並び順と言えば並び順ですが「軍艦マーチ」が流れた瞬間に「よーいドン!」である

 

前の人が倒れようがそんなことは構っていられない

 

我先にと台へ走る

 

・・・

 

しかし、当然ですがこの辺りも僕は小さいころから頭脳プレーである

 

僕が小学生低学年なので当然、背も低い

 

なのでおっさん達がいまかいまかと並んでいる足の間を潜り抜けていく

 

そして先頭で入場して「角台」に向かって猛ダッシュ

 

身の軽さから短い距離ならば大人にも負けることはない

 

当然、角台は釘が空いているのは把握済みだ

 

そして勝つ

 

これが「いい悪いではなく、これが当たり前」だったので論議する次元ではなく普通の話である

 

むしろ綱取物語は朝一状態を取れなければ意味がないのでそれはそれは必死である

 

そんな感じで小さい時からパチンコに触れていました

 

こんな話をして恥ずかしいとは思わないしそれはそれで楽しかったし今でもその話で笑えるのでいい思い出ぐらいに思う

 

・・・

 

そんなGOMA君でしたがそれとは別に親父の実家が酒屋という事で小さいながらにさまざまな人に触れあった

 

僕が当時の大人を今思うに、良い意味では「豪快だった」と思う

 

悪く言えば「後先の考えがない」という感じ

 

それでも話が非常に楽しい人が多かったし小僕にもいろいろな話をしてくれた

 

その一つに「台パ〇チの仕方」というのを教わった

 

当然、今の時代にそんなことはダメなのはわかっている

 

なので「やるならばこうだ!」とかの話ではない

 

しかし、当時の僕には物凄くその話が面白かったし今でもその話を鮮明に覚えている

 

ですので、当時の話と今の時代の話を混ぜながら話していきます

 

 

引くのよ!

 

ちなみにこの台パンは「パチンコ台への台パン」という話である

 

今現在のパチンコ台というのは基本的にはペアーガラスで前面には強化ガラスが使用されてると思う

 

熱処理(強化)や電磁波防止などのさまざまなガラスを使用して複層構造…という認識で僕はいます笑(違ってたらスマン)

 

ですので、「そう簡単には割れない」

 

割れたとしても車のように蜘蛛の巣みたいな割れ方をすると言えばわかりやすいとは思います

 

それでもたまにSNS等で台パンで割れている悲しい画像が流れてくるので今の時代でも「人間の力で割れないという領域ではない」とは推定できる

 

けど、相当な力でないと無理だろう

 

正直、怒れる気持ちは分かるよ…「お前が打ったのだからしょうがない」とかではなく悔しくて怒れるのは分かる

 

なので100歩譲ってちょっと気持ち強くボタン叩くぐらいでヤメておけ

 

ちなみに僕は「オート連打は邪道」の心ですので連打は必死に連打させてもらいます

 

割った瞬間にネットに晒されるのは間違いない

 

というのが現代である

 

・・・

 

が、僕の小さかった30年前はそうではないらしい

 

「結構な頻度で台のガラスを割る」という人はいたらしい

 

というのも今ほどガラスに強度がないのでそもそも割れやすかったとは聞いてます

 

当然、割れやすくても今も昔も割るぐらいの台パンする人は頭がおかしいのは間違いないが僕が聞いた人はちょっと違った

 

「普通に割って、自ら店員に報告して、弁償代を置いていく」という感じ

 

ただただ割りたいだけなんだろう笑

 

意味のなさに理解できないがそんな100戦錬磨の台パン野郎に僕は「正しい台パンの仕方」というのを教わった

 

では皆さんにも伝授する

 

・・・

 

「振り切るな!殴ったら引け!」

 

・・・

 

これが正しい台パンの仕方であります

 

というのも昔の台パンだとガラスがバリバリになるのでそのまま拳を振り切ると釘に拳が当たって大怪我となってしまう

 

なので引きながらのパンチ…ジャブみたいな感じの台パンだと拳を傷めないらしい…笑

 

へぇ~でしょ?

 

なので今の台パン野郎はそこまで考えているか?

 

ある意味、強化ガラスにお前の拳が守られたことに感謝したほうがいい

 

という話です

 

 

まとめ

 

再度いますが、怒れる…怒れるのは分かるが台パンはいけません

 

けど、こういうくだらない…1ミリも役に立たない話というのは僕は嫌いではない

 

なので僕は過去の話というのを聞くのが好きだ

 

しかし、いつも思うのは「興味を持つように相手が話してくれていた」という事かもしれない

 

だって今でもその話を覚えているという事はそのぐらい印象に残るような話し方であったという事であろう

 

まぁ~どこまで本当かしらないが嘘を言うような人ではなかったのは間違いない

 

最後に父が僕に伝授してくれた僕のマイホの話

 

僕のマイホは「〇〇〇ガス」ですがその前は「ラッ〇ー会館」でその前が「ダ〇エー7」という名前であった

 

このダ〇エー7の新台入替だかリニューアルオープンの時に物凄く人が並んだらしい

 

そして開店が近くなるにつれて人が、入り口にどんどんと押し寄せてきた

 

人々は開店が待ちきれないようだ…

 

その熱き熱気がかったか分からないがその押し寄せる圧で入り口のガラスが割れてしまった

 

その結果、開店時間になっていないのに開店となってしまったらしい

 

そのまま営業してしまう所も時代を感じる

 

当然、人が転げている間を掻き分けて僕の父は台をキープしたのは言わなくても想像できる

 

それすらも許される世界

 

僕は嫌いではない!